桜の花の下にいる。
快晴で気温も高く、今日でこのあたりの桜は満開になりそうだ。
川沿いに植えられた桜並木の下をもくもくと歩く。
平日の午後だが、たくさんの人がのどかな時間を桜のそばで過ごしていた。
私も自転車でなければ、素敵ドリンクを飲んでほわほわと歩くのに。と思いながら、半分眠っているような感覚で歩く。
歩きながら、この1か月、この1年、今日のこと、もっと前のことを淡々と思い出す。
浮かれた春ではなく、怒涛の春がやってきてるんだ、と改めて思う。
先のことはこれっぽっちも考えたくない。
できればこのまま留まっていたい。
けれど止まったままの時間の中にいるのは、私には耐え難いことになると知っている。
今だけはぼんやりとしていたい。
歩きながら「歩く」ということが好きなほうでよかったな、と思った。
もし嫌いならこの時間を過ごしていない。
自分が切羽詰まったとき、私は木のそば、あるいは川のそばに行きたがる。
特になにをするわけでもなく、座ってぼんやりしてり、思いついた単語を手帳に書きつけたり、それだけでなにか落ち着いてくるのだ。
なので今、川のそばの桜の木の下にいるのは自分がとてもニュートラルになっている。
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