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福島の桃

2021/12/3011







私が福島にいたとき、
桃のジェラートを食べ、
桃のヨーグルトソースを食べた。

うきうきしている私を見て、コォが言った。

「桃、送ろうか?
福島はフルーツ王国なんだ」




その時に「うん」と答えたけど、
桃=高級品
という頭があって、ちょっと消極的だった。






桃の季節が近づき、
コォからメールが来た。

「桃、送ろうか?
今年はちょっと味が落ちるらしいけど。
家の人は福島の桃を気にしない?
ちゃんと検査してるし、
自分も食べてるけど」

と言った内容だった。





私はいくつかのことを思い出し、
そしてなんだか悔しく思った。




一つは、去年の桃の時期。
Twitterで、確か糸井重里さんがリツイートしていたブログのお話。

そのブログを書いた人は女性で、
毎年、時期になると桃を福島から送ってもらっていた。

原発事故から1年もたたず、
桃も敬遠される農作物のひとつとなり、
彼女の知り合いの桃農家の人は
泣く泣く処分をしていて、
彼女も複雑な思いをする。

そして、彼女はいつものように桃を受け取り、
出来が最高という桃を食べて、
おいしくておいしくてなんだか泣きそうになった。

人にも差し上げたけれど、
やっぱり、小さなお子さんを持つ人にはどうしてもあげられず、
自分の中にあるなにかを感じながら、
どうしようもない気持ちの様子を素直に書いたブログだった。





そして、私が見たお土産屋さんでの手書き看板。

それは干ししいたけで、
段ボールにマジックで黒々と、
「放射線検査済。
おいしい干ししいたけを安心してお召し上がりください」
という内容が書かれていた。







何を食べるか。

それは人の自由、と言えばそうなんだけれど、
「絶対に福島の農作物は食べない」
と断言する人もいるのは知っていて、
私はそれを聞くたびに悲しくなる。


でも強要はできない。

実は、職場には福島のお土産と共に東京のお土産も用意した。

「食べたくない。
でも、ここでいやと言えない」

という状況を作りたくなかったからだ。



一方で、こんなことをしている自分にも、自信がなくてコォには言ってない。

なんだか、言えなかった。









桃が到着して、すぐに箱を開けた。

産毛がまだつんつんしていて、痛いくらい、
そぉっと大事に大事に送られてきた桃は、
うっとりするほど甘く、
やさしく、
そしてちょっぴり官能的に香っていた。


何度も箱に頭を突っ込んで深呼吸をした。


本当にいい匂い。


写真を撮って、
仏壇にお供えして、
早速冷蔵庫に入れ、
夕食後に食べた。





「皮と実の間が一番おいしいから、
皮ごと食べるんだよ」
とコォに教えてもらったので、
かたい桃をカリッと食べた。

ヨーロッパでは桃の皮は全部つけたまま食べたなぁ、と思い出した。


コォが心配していた味は文句なく甘く、
飲みこむごとに鼻孔からも桃の香りが抜け、
ジューシーでぽたりぽたりと果汁をたらしながら
とにかく夢中になって食べた。




説明書によると、
かたい桃が好みなら、すぐに冷蔵庫へ。
ふつうなら、1日常温後、冷蔵庫へ。
やわらかいのが好みなら、2~3日、常温で追熟させてから冷蔵庫へ。



ああ、違う食感の桃が食べられるんだわぁ。



うっとりしちゃう。







うっとりしちゃって、
悲しい気持ちは少し横に置いてみた。



忘れたり、
考えないようにしたりはしたくない。




でも、そこだけを見ていたくもない。





コォも言っていたでしょう?

「元気な福島を見てほしい」って。






だから、私は桃を堪能する。







桃にはもうひとつ秘密がある。

いつかコォに話せたらいいな。