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ノートをもりもり

2021/06/05

ただいま、ちょっとした「夏休み」だ。


これが終わると、怒涛の凝縮「お仕事死闘編」の1週間がやってくる。
いつもは4週間くらいあるので、それに比べたらまだラク、かな。


例年通り、暑い。
最高気温が35℃や36℃ってなんなんだ。
最低気温が28℃や29度ってなんなんだ。



そして、マスク生活。

寝て起きて、「あー、今日も晴れかぁ。暑くなりそうだ」と多少うんざりしながらも、毎朝咲くアサガオの花を愛でようとカーテンを開ける。

そこでいつも現実に戻される。

そうだ。
そう言えば、コロナ生活だった。

口紅もない、人の顔もはっきり判別できない、暑くて息苦しいマスク生活だ。



それがとても私の心を蝕んでいる気がする。

なんか、毎朝、ひどくがっかりするところから一日が始まる。



思うように行動できないから?
いつ自分がかかるか不安だから?
自分や家族に「いざ」ということがあったらどうする、という覚悟を突きつけられるから?



心が弱っていったり、不安定になっていくのがよくわかる。

去年の、職場環境がめちゃめちゃで弱っていく感じとは、また違う感じだ。



そんな中、ノートを書くことだけがもりもりと進む。
先日手にしたたくさんのスタンプとスタンプパッド、そしてInstagramにアップされるもりもりにデコられた手帳やノートの写真。

思ったこと、ふと浮かんだことはTwitterに流していたのに、「私ももりもりのノートが書きたい。めっちゃスタンプ押したい!シールもマステもなにも考えずがしがし貼りたい!」という衝動から、そういったものをノートに書きつけるようになった。

いや、これが元のかたちだ。
SNSが登場して、そういうことをしなくなってしまったんだ。


スタンプを押しているとはいえ、1ページの半分以上を埋めることはなく、書くときには文字だらけのページもがんがん誕生する。

なにがどうなったのか、自分でもよくわかっていないが、とにかくノートをがんがん書く夏を過ごしている。

それを見直すことがあるのだろうか。


コロナに翻弄されている自分を、未来の自分はどう振り返るのかな。

それとも「現在と未来しかいらねぇっ!」と読み返すことをしないのだろうか。

どれでも、自分らしくて笑ってしまう。



ノートに助けられている人生だが、今年もまたそう強く思う。