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聞かれて困るものは、趣味、なりたいもの、休日の過ごし方 #3000文字チャレンジ

まだそんなに親しくない人との会話の糸口として、質問する項目は幾つかあると思う。
当たり障りのないお天気のことから始まる、アレである。
あるいは美容室に行って聞かれる、ソレだ。


困るんだよなぁ。
私はこういう質問が苦手だ。
私に関心を持っているのならまだしも、なんというか困ったから仕方なく、そして聞きたくもないけれどとりあえずお近づきの印に聞いちゃうやつ。

聞いても面白くないだろう。
聞きたくないんだろう。

と、こちらが感じてしまう空気びしびしのときは、本当に困る。
答えるほうも辟易だ。
お互いに黙っているほうがラクじゃないですか?




子どものときには「大きくなったらなにになりたい?」というものだ。

本気でこの大人は私がなりたいものが知りたいのか。
と思うほど、私はかわいくない子どもだった。

あ、ここで一つ言っておく。
そういう子どもに「かわいくない子だね!」と言っちゃいけない。
呪いにかかっちゃう。
それも多くの場合、一生だ。
そのあと、他の誰かが、例えば恋人がいくら一生懸命「かわいいよ」と言っても「ウソだ」と思ってしまうくらいこじらせる要因になってしまう。
どうすればいいかと言えば、まずは「なりたいもの」を聞かないことだ。
それでも聞いて、思うような答えが返ってこない場合は、「これからたくさんのことを経験して見つかるといいね」と曖昧ながらも険悪な空気にならない感じで「はぁ」と気のない返事をしてもそこでその話題が終わるようなことを言っていただくとありがたい。
子どもとしては「はい」と言うくらいは大人の顔色は見るし、「そうか、まだまだこれからだよね」と将来に希望が持てるので落ち込まなくて済む。

ちなみに私はなりたいものがなかった。
大人になる、というヴィジョンがなかったので、この質問は大変困った問いだった。
「いや、ちょっとでもあるでしょ」と言われるが、いや、なかったんだって!
だから就職するのもとても困って、受け身でふらふらといたらここまで流れ着いてしまった。

ちょっとだけイメージしていたのは、
・乗り物に乗って旅をする
・歩いて旅をする
・田舎暮らしの童話作家
・エッセイスト
という感じかな。

「書く」ということには関心があったみたいだね、子どもの頃から。





大人になると「趣味はなんですか?」と聞かれることが多くなる。
「ねーよ!」と乱暴に答えそうになるのをぐっとこらえて、「旅行、かな?」と曖昧な笑みを浮かべて答えられるくらいの大人にはなりましたよ。

「なんとかが趣味です」と言うと、私の中では
・何年もやっている
・深い造詣がある
・ある一定の技術がある
・定期的にやっている
などのイメージを持ってしまう。

「そんなの、ねーんだよ!」と思ってしまうんだけど、どうかな?

気になって追いかけることはいろいろあったよ。
一時期は歌舞伎の本を読み漁ったり、ノートブックを追いかけたり、毎週末パンを焼いたり、どのウルトラライトのザックがいいか調べたり。
でもなぁ。

定期的にどこかにお稽古などに行って技術を磨く。
というのがとても苦手。
「常連さん」になる前に足が遠のいてしまう。
カメラも「撮影技術」を向上させようという気がまったくない。

それに私はとても移り気なのだ。
「その時に燃えてしまうものがあるのよ」と刹那的に生きているようなことがカッコよく言えればいいけれど、そういうものもない。

だからこつこつと長い間一つのことに打ち込める人はすごいなぁ、と思うし、自分じゃできない、とも思う。





美容院に行って聞かれるのが多いのは「休日の過ごし方」だよね。
ここ10年以上は一つの美容院に通っているし、そこの美容師さんはおざなりな会話をしないから内容が多岐に渡っていて、イヤな気持ちになることは少ない。
私の髪のお手入れから寝癖の直し方までお見通しだったり、サッカーについて熱く語られたり(生憎、私はあまり関心はないができごとの見方が面白くて聞いている)、まんが「キングダム」を大絶賛されたり。

この美容室に行きつく前は、さまよっていた。
私の髪は癖が強くて、扱いに困る髪でいつも「難しい髪ですね」と言われて、「そうですね」と答えながら傷ついていた。
なれるものなら、つやつやストレートの髪になってみたかったよ!
あるいはふわふわパーマができる髪に!

さまようのでたくさんの方が私の髪に関わってきた。
切る前にシャンプーする人、カットする人に、ほんとによく聞かれたのが「お休みの日、どうされているんですか?」だった。

冒頭でも書いたが、「本当に知りたいんか?!」といつも思っていた。
だって正直に答えたらすっごく気まずくなるんだもん。

お休みの日になにをするか?
片手で足りるほどの恋愛経験はすべて遠距離恋愛だったので「デート」というのはない。
体力やスタミナがないので、環境が変わったり適応できないことがあると必要最低限のことだけするとほとんど寝て回復や逃避をすることも多い。
アクティブと思われているが、一歩も外にでずに週末が終わることもざら。
掃除して洗濯して、たまに料理しておしまい。
ずっとSNSのためにスマホをいじっている。
手帳やノートを書いている。
ブログ、って言ったら「どんなブログですか?」とそこから広げようとしてくるのはやめてくれ!
「あの人に読まれている」と思いながら書くブログはすんごくイヤだ。
それが原因で、恋人とケンカになったことがあるんだ!
(余談だが、このブログには2010年11月の記事が一番古いものとなっている。それまでにもブログを書いていたが、こういう理由で突然削除した。
「私は自分が書きたいものを書きたいように書きたいときに何にもとらわれずに書きたい!」という信念(?)の元に作り直した。今でもいつ削除してもいいようには思っている。スリリングだよ!)

質問した美容師さんが期待するような、面白みのある、話を膨らませるとどんどんお客さんが楽しくなるような要素があまりないのだ。

一歩も外に出ない日は「予定がない」のではない。
私は「おうちのとじこもっている」ことを楽しんでいるのだ。
わからない人は「予定がないのね!」とずかずかと入り込もうとするから困る。
こういう場合は大体、説明してもわかってもらえない。

一人でなにかすると「寂しくない?寂しいでしょ!」というタイプだと、辟易する。
ほっといてくれ!

こういうふうになっていくと、私はどんどん閉じていく。
それにもあれこれ言われるんだ。
「もっとオープンになりなさい」

しかし、私は自衛の意味も含めてひとりでいるんだから、さ!
見られたくない、触ってほしくない、脱皮したての蟹のように柔らかくてぶよぶよしているものを「蟹の甲羅って固いよね!」と無造作にさわらないでほしい。
だから、奥に引っ込むんだ。



全然人と関わりたくない、っていうんじゃないからさ、適当に放っておいてもらえると嬉しいんだけどなぁ。
楽しいことや美味しいものはシェアしたいし、共感もしたいよ。

関心がある人とはどんどんおしゃべりしたいな。
その人が話してくれるのなら、小さいときになりたかったものでも、趣味でも、休日の過ごし方でも楽しく聞きたいさ。

それもちょっと静かめなところで、でも笑ってもよくて。
おいしいものと許すならちょっぴりアルコールがあってもいいな。
人数は少なめで。
「たくさんいればいい」じゃなくて、少ない人と深い話がしたい。
それを積み重ねて「たくさんの人とお話した」ってなるなら、いいなぁ。
うっとり。

そういうの、ブログでやってみたいんだよね。
っていうか、一度やったことがあるんだけど、続かなくて2回で終わってしまったの。
なんていうか、簡単な質問に答えてもらう形式だから「おしゃべり」ではないんだけど。

ラジオもいいよね。
それこそSkypeかなにかでつなげて、録音できたら楽しそうだよね。
環境と技術がないけれど。

それでもあがいた欠片が私のブログには残っている。


もしまた、そんなことを企画して蠢いたとき、趣味となりたいものと休日の過ごし方について聞いたら、あなたは怒るかな。





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