ちょっと考えるところがあって、唐突に「自分にとってブログとは?」ということについて考えてみた。
これまでも「自分がブログを持つ理由」なんてことを考えたことがあって、そこで出た結論は、
- 140字では語り尽くせないものごとについて自由に書ける場所
- 書きたいものを書きたいように書きたいときに書きたいだけ書ける場所
- 書くことが好き
といった、ありきたりのことだった。
私にとってはとても大事なことだけど。
今回もそんなふうになりそうだったが、ふと何でも殴り書きするノートブックと決定的に違うのは「読み手がいる」前提で書いている、ということだ。
そうでなければ、これでも「わかりやすく書く」ことに注意していない。
「PVが稼げるブログ」と違うのは、ブログの読者の設定をしていないからだ。
強いて言えば、「キリエが書くことに関心がある人」ってことくらい。
他のことで有名ならまだしも、ぶっとんだ経験も発言もないし、横のつながりをどんどん作っていくほどの器用さも持ち合わせていない、ちっぽけな、自らを「ガラパゴス・ブロガー」と称そうか、と妄想している人だ。
そんなの、そうそう読まれることはないよね。
本題に戻るけど、この「読み手がいる」というというのはなかなかのインパクトがあった。
これまであまり「読み手」のことを考えていなかったし、本当に純粋に「写真と日記で絵日記だ!」とブログを書いていて、一人で悦に入っていた。
読まれれば嬉しいし、反応があればますます嬉しいけれど、なかなか実感が持てなかった。
今も、そう変わらない。
だからこのたび、「読み手がいる」ことを意識している自分、を自覚できたことは私にとって大きなことだ。
そこで、だ。
自分にとってブログとは、「ネット上にある『見せノート』的存在」である、と結論づけた。
インスタグラムなどでは、作り込んだり描きこんだりしたノートや手帳の写真がたくさん投稿されている。
私もそんなポストを見るのが好きだし、人気が高いのもわかる。
しかし、自分はそれはできない、と思っている。
私にとってノートや手帳はとても私的なことを書いていて、それは人に見せることを目的としていない。
自分がそう使いたいから、そのようにしている。
しかし、この「ブログ」は、私が他の人に「見てみてー!!」とおおぴろげに公開している「絵日記帳」みたい。
そっかー、私にとってブログは「見せノート」なんだー。
それを思いついただけで、自分はひとり満足してほくほくしちゃった。
■参考
Kyrieのノートや手帳周り専用インスタグラム
新しく作っちゃったー!
目印は赤い「脾臓の虫」だよ。
中身はとっても地味。
新しく作っちゃったー!
目印は赤い「脾臓の虫」だよ。
中身はとっても地味。
Kyrie (@kyri_note) * Instagram photos and videos
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