2020年をふりかえるにあたり、どうやっても避けられないのが「新型コロナウイルス」のことだ。
感染拡大防止のため、緊急事態宣言が出され、外出や行動が制限された。
法的に罰せられることはないのだろうけれど、「もし自分が…」と思うとおのずといつもならできることしていることをする気にはなれなかった。
特につらかったのが「美術館に行けない」ことだった。
これには自分もびっくりした。
このことについては、今年、何度かブログにも書いた。
今、2020年をふりかえるにあたり、「やっぱり美術館、あるいは博物館に行けなかったことが本当につらかったなぁ」と思う。
こんなにも美術館に飢えたり、美術館が臨時休業することに怯えたりするとは思ってもいなかった。
私が行きやすいのは街なかにある「広島県立美術館」と「ひろしま美術館」だ。
そこでの特別展はたいがい行っている、と思う。
1か月に1回、はないけれど、3か月に2回くらいは美術館に行っているんじゃないかな。
余談だけど、かつて自分がまだなにをするか決められなかった頃、将来の夢はなにもないのだけれど、「もし東京に住むことになったら、美術館・博物館めぐりをしまくって破産するかもしれない」と怯えたことがあった。
東京、びっくりするほど美術館や博物館があるよね!
広島は文化の層が薄いので、大きな特別展もあまりなく、全国巡回展も飛ばされることが多く、「ぐぬぬぬぅ」と歯ぎしりすることもしょっちゅうなんだけど、「これくらいのペースで美術館に行くのが自分に合っているかも」とも思う。
負け惜しみじゃないよ!ほんとだよ!
情報や選択肢がありすぎると、頭が瞬間的に沸騰して冷静にものが考えられなくなっちゃうの。
「今年、あまり美術館に行っていないなぁ」と思って、ブログ見てみたら、結構行っていた。
でも、県美2回、ひろ美1回、現美1回、広島市外の美術館1回、PARCOやデパートの展覧会3回。
催事ものは物足りないことが多いんだよなぁ。
「もうちょっとたっぷり見たいなぁ」と思う。
美術館だけにしぼると5回。
少ない。
がっかりするほど少ない。
寂しくなるほど少ない。
Instagramで世界的に有名な美術館・博物館のアカウントをフォローしてみた。
毎日、素敵写真が流れてくる。
いいなぁ、と思う。
「映え写真」より、好き。
でもなぁ。
美術館、って「その場の空気も楽しむ」みたいな感じがあるんだよなぁ。
私にとっては少し、非日常的でさ。
作品を守るためにちょっと薄暗いことが多くて。
歴史だの意味だの価値だのには関心が薄いから、説明はあまり読まなくて(こら!)、どっぷりとその世界に浸るんだ。
ちょっとしたトリップ。
その余韻をなくさないように、ショップに行ったり、カフェでお茶しながら感想を手帳に書き殴ったり、ちょっとリッチなランチ食べたりして「はぁ、楽しいなぁ」と思うところまでが私の愛する時間。
何度も見ているけど、所蔵作品展も常設展も見ますよ、きっちりと。
なんというか、「また来ました~!」という気軽な感じもあるし、好きな作品もあるしさ。
見たい特別展じゃないときには、美術館の雰囲気を楽しむために館内のカフェにわざわざ行くこともある。
そういったことも、今年はできなかった。
はぁ、がっかり。
寂しい。
どこか悔しい。
つまんない。
はぁ。
一方で、医療従事者のそういうメンタル面でのお楽しみってどうなっているんだろう、と気になっている。
私でさえ、こうだもん。
リモートワークができない仕事なので、出勤のため外出していたし(寄り道はしないけど)、少し緩和されたときには美術館に行ったり、おいしいものを食べたりもできたもの。
あんまりさ、「美術館が好き」って言っていない。
だってさー、つきあいの浅い人だと、すぐに誤解されるし、「違う」と説明しても聞いてくれないから、プライベートなことを話すのはわりと閉じているかも。
私は「美術館に行くのが好き」なんだけど、「美術が好き」「美術史が好き」ではないしさぁ。
審美眼もないし、なにがよくてなにがよくないのか価値もわからないし。
歴史や地理と絡めるとそっちに気を取られてしまうからなぁ。
美術館が好き、というと美術やそれにまつわる知識に詳しい、と思われがちで「そうじゃないんだけどなぁ」と思う。
否定しても全然聞いてくれないんだもん。
そんなこんなで、あまり言わないんだけど。
だけど、今年は「そっかー。私、美術館が好きなんだなぁ。寂しくなったり不安になったり怯えたりするほど好きなんだなぁ」としみじみ思う年末を過ごしている。
まとまらないけど、おしまい!
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