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ノートブックの欠片をハートにうずめる

2021/06/05


それはあっという間だった。
目の前でモレカウが自分のモレスキンのページをビリビリと破り取り、ぴょこちゃんにあげた。
そしてもう1枚。
それから、「キリエさんにも」と新たな1枚が破り取られた。




きっかけはモレスキン・ワークショップの会場でだった。
トークイベントも終わり、ワークショップも終わり、いよいよ会場を去らないといけない時間がやってきた。
ワークショップ終了後、参加者たちは惜しむように会話をしていた。
そのざわめいた中で、私はモレカウにイランカラプテのシールについて尋ねた。
以前、彼が「東京に行ったらみんなのノートブックにイランカラプテのシールを貼ります!」と言っていたのを思い出したから。
まだシールを貼ってもらってないし、モレカウはどこに行ってもモテモテで忙しかったので、もしかしたら忘れとってんかなぁ、と思った。

「シール、忘れたんですよ」
とモレカウはしょんぼりと言った。

私はそれはそれで仕方ないと思った。
東京に来るのにコーヒー道具一式を持ってきて(これは私にもちょっぴり責任があるのではないかと思う。最初、彼は持ってくるつもりがなかったのに、それを聞いた私ががっかりしたようなツイートをしたあと「やっぱり持っていく!」とInstagramで見慣れたモレカウ愛用の赤いコーヒーポットまで持ってきていた)、荷物がやたらと多くなった(その分、必要なものまでも持ってきていなかった。それはそれで男の子らしくてよろしい)。

それに彼はただ遊びに来ているわけではなく、モレスキンのイベントの登壇者として上京しているのだから。


私は「じゃあ、また今度で!」と言った。
多分、モレカウとは残りの人生のうち、あと1~2回は会うような気がしているのでどこかで機会があると思ったのと、もしシールがなくてもそれはそれでいいし。

モレカウは「いやそれは…そうだ、モレスキンに貼ってあるのをあげます!」と彼の黒いハードカバーのモレスキンに貼ってあるイランカラプテのシールを爪でコリコリとはぎ始めた。
「いや、いいよう」と私は言ったが、「いやいや」と手を止めることはなく、ほどなくしてはぎ取ったシールを私のおろしたてのモレスキンに貼ってくれた。


その横にぴょこちゃんがいた。
私たちは参加者の中では遠征組だった。
「じゃあ、ぴょこちゃんにも」
と、モレカウは中表紙に貼ってあるイランカラプテシールをまた爪でコリコリとはがし始めた。
しかし、こちらは紙なのでうまくはがれない。
会場を去る時間は迫ってくる。
ぴょこちゃんと私ははらはらしてそれを見つめ、
「私のシールをぴょこちゃんにあげます」
と言ったが、モレカウはそれは聞かず、
「じゃあ、代わりのものを」
とモレスキンの拡張ポケットを探りだした。

ちなみに、その拡張ポケットは底が全部破れていた。
モレスキンの大きな特徴であるゴムバンドがあるから、中身が落ちないようだ。
「んー、ない!!」
モレカウはうなった。
そして、
「そうだ。僕のモレスキンをあげます」
と言うと、冒頭のようにページを3枚破り取り、ぴょこちゃんに2枚、私に1枚くれた。










ぴょこちゃんと言えば、「妖怪ウォッチ」のコマさんとコマじろうと一緒に行動して、よく写真を撮っている。
私もぴょこちゃんたちが広島に来てくれたとき、2匹(?)と会って写真も撮らせてもらった。
もちろん今回も2匹をお供にぴょこちゃんは上京していて、午前中のモレカウと愉快な仲間たちで遊んだときに写真を撮っていた。



モレカウのモレスキンをもらったぴょこちゃんはあわあわしていたけど、意を決したようにして、2匹を入れているがま口ポーチを開けると、
「コマじろうを北の大地に連れていってください」
と渡した。
モレカウも「大切にするよ」と受け取った。


もうもう、このシーンをちょっとでも思い出すと、私は涙がじわ~っと出てくる。
当然、現場では結構うるうるしていた。




totem




この写真はモレカウのFlickrから。
元はこんな見開きのページだった。
右のネコをぴょこちゃんが、左のトーテムポールを私が持っている。





前に私は友達から彼の欠片をぶんどったことがある。
ちょっと繊細で、自分のことをネガティヴに考える人だったので、
「そんなに言うなら欠片をお寄こしっ!私がかわいがってあげるから」
と強引にもらった。

私の中のイメージとしてはアンデルセンの「雪の女王」でカイちゃんが女王の鏡の欠片が目や心臓に刺さってしまうのだけど、そんな感じで心臓に埋めておいた。
心臓なら落っことしはしないし、大切にできるから。

数年して、彼がちょっとはタフになったようだったのと、「ひとりで旅立つとき」が来たような気がしたので、私は欠片を彼に返した。



モレカウのページはなんだか、その欠片を再び心臓にうずめるような感覚だった。


今は、絵はがきが入っていた透明のビニール袋に入れている。

なんとかしてノートブックに入れて持ち歩きたなぁ、と思っている。

その方法はまだ考えついていないのだけれど、きっといいアイディアが生まれてくると思う。